「iPhone12の販売価格が1円」の価格のカラクリ
ここ数ヶ月、大手の家電量販店や携帯ショップで、iPhoneの「一括1円」といった販売セールの表示を見る機会が増えていました。特に、家電量販店が大々的にセールを行っていた印象です。
確かに良く目にしたね
2021年の年末あたりから家電量販店で「一括1円」「23円」といったキャンペーンが増えていた印象があり、そのキャンペーンの対象となる端末の多くは2020年に販売を開始したiPhone12の端末ですが、中には2021年モデル、つまり最新のiPhone13miniの機種が含まれていることもありました。
私も秋葉原の家電量販店で良く目にしました
ただ、この2022年4月に入ると、多くの量販店でこのキャンペーンが止まったようです。
この約半年間に亘るiPhoneの乱売とも言えるような状況が続いていたカラクリとその終焉の謎について、今回は迫ってみたいと思います。
電気通信事業法の改正で端末値引は「2万2,000円」までに規制された
2019年10月に改正された電気通信事業法で、通信の回線契約に紐づく携帯端末の割引についてはその上限を「2万2000円まで」とする上限規制が入りました。
この制限により、家電量販店、携帯キャリアショップは、キャンペーン・セール時などにおいても、端末本体代から「2万2000円まで」の値引き金額までしか認められなくなったのです。
ここで、「いや、ちょっと待て。iPhone本体は今や10万円近くするじゃないか?廉価版のiPhoneSEですら6万円近くはする。それが一括1円で販売されていたのだから、この上限規制が守られていないじゃないか?」という疑問が湧いてきます。
ここでのポイントとなるのが、この電気通信事業法で規制された値引きというのは「通信の回線契約に紐づく」もののみということです。
つまり、通信の回線契約に紐づかない形で、この端末を誰でも購入できる割引にしてしまえば、この規制の対象から免れることができるのです。
携帯ショップで「一括1円」と販売しているiPhoneは、通信回線としての2万2000円の割引だけではなく、誰でも利用できる端末本体への値引きもセットにすることで、「一括1円」のプライスを実現していたということになります。
試算:iPhoneSE(第3世代)の「一括1円」の各割引の内訳
通信キャリアによって、iPhoneの販売価格は微妙に異なるので、どの通信キャリアとは限定せず、仮に「58,000円」のiPhoneSE(第3世代)が「一括1円」で販売されていると想定します。
この58,000円のうち、NMP(ナンバーポータビリティ)もしくは新規契約で申し込むことを前提とした場合、通信回線としての値引きで22,000円が割り引かれます。ここまでは通信契約に紐づいた値引きになります。
さらに、そこから携帯端末そのものへの値引きとして、店舗が独自に負担する形で追加の値引きを行います。「1円」にするには、35,999円の値引きですので、
58,000円−22,000円(通信契約とのセット)−35,999円(店舗の独自負担)=1円
という形になる訳です。
ここまでのところで理解できたのは、この「一括1円」キャンペーンについては、特に変な縛りが入るなど、裏があるわけではなく、ちょうどiPhoneを買い換えたいと思っている人は検討しても良い企画だったということになります。
なるほどね
買い換えたい人にはお得だったんだ
私もTwitterで情報収集してました
高額な端末はアップグレードプログラムとセットになった3段値引き
さらに話を複雑にする要素があります。
ここまではiPhoneSEの事例を挙げて来ましたが、最新のiPhone13miniでも「1円」だったり「23円」と銘打ったキャンペーンが展開されることがありました。
さすがにiPhone13miniともなると、端末代金で10万円近くします(通信キャリアの場合。アップルストアからの本体購入の場合は128GBモデルで8万6800円)ので、店舗の負担額がとんでもない額になってしまうことから、各社知恵を絞った結果、通信キャリアが提供するアップグレードプログラムとも組み合わせた3段階値引きになっていました。
通信キャリアのアップグレードプログラムとは
アップグレードプログラムは、48回程度の割賦を組んで、約2年後にその端末を引き取ることで残債をチャラにするという方式です。最後に端末の下取りで相殺することにより、実質的な支払額を抑える効果があります。
24カ月目の残価を3万円と設定した上で、残りを23回の分割にすれば、毎月の支払いは1円に抑えることができます。24回目の支払い時に端末を返却すれば、実質23円で利用できる計算になります。ちなみに、端末を返却しなかった場合は、残債部分を上乗せした形で支払っていくことになるので、月々数百円の費用がかかります。
返却してしまうので、iPhoneの端末は手元に残りませんが、2年間の間は支払いが1円に抑えられる一方で、最新のナンバリングiPhoneを利用できるというのはメリットと言えます。
うーん、複雑な値引き体系だなあ・・・
iPhone端末を賢く購入したい消費者 vs ルール違反を犯す店舗
ここまでこのカラクリを読み進めると「あれ?これって、通信契約を絡めない形で端末本体だけを購入しに行ったら、普通にアップルストアとかの正規料金で買うより、数万円も安く手に入るのでは?」と思ったあなた、非常に鋭いです。
ここからさらにややこしい話になります
通信契約を絡めずに、その店舗から端末の本体だけを購入したい場合、通信契約とのセットの上限となる22,000円については適用されませんが、店舗の独自負担については「誰でも値引きが受けられる」はずです。
上記のiPhoneSE(第3世代)の事例でいえば、店舗独自負担の35,999円について「いやあ、ウチの店舗で通信契約してくれないお客様には35,999円の値引きは付けられないんですよ〜」と店員が言ってしまえば、結局「通信契約ありきのプライス」になってしまうので、電気通信事業法上はアウトです。
電気通信事業法上の規制をクリアするには、飛び込みで「このiPhoneだけ欲しいんですけど」と入って来る一見客に対しても、(通信契約をセットとした場合にしか値引きが入らない22,000円は除外して)店舗独自負担分の35,999円を値引き、本体端末を22,001円で販売する必要があります。
ただ、店舗としては通信の契約をしてくれないのに、iPhone端末の本体だけを購入されてしまうと、自店舗で独自に付けた値引き分35,999円だけ確実に大損します。35,999円をその辺歩いている人にばらまいているようなものですから。
なので、実態としてはどうなったかと言うと、「端末の単体購入はウチではやっていないんですよ」と客の無知につけ込み、法律上確実にアウトとなる説明をしたり、知識のある客には「いやあ、今ちょうど在庫切らしてしまっていまして〜」と在庫切れを理由にしたりして、とにかく端末の単体購入は認めない行為が横行しました。
ええ〜、ずるくない?
そんなことやっていいの??
なので、行政からお叱りを受けました、というのが次の話
キャンペーンの終焉は「総務省のガチギレ」が原因か
これらの店舗側の行為について、購入希望者が総務省にチクり、その通報件数が実に400 件近くに上ったため、一気に問題になりました。
なお、総務省のワーキンググループでは「家電量販店の方が携帯ショップより圧倒的に通報が多かった」とのことであり、「家電量販店は大手だから安心だね」とはとても言えない事態になっていますので、ご注意ください。
総務省は3月14日に開催したワーキンググループで、通信キャリアと販売代理店の不適切行為の状況について報告した。事務局によると、2021年9月から22年2月までに窓口に寄せられた通報は701件。「端末の単体購入や単体購入時の割引を拒否された」など、携帯電話端末の単体販売に関する通報が394件に上った。
ITメディアニュース「スマホの単体購入を断られた」量販店でトラブル多発か 消費者からの通報を総務省が公開(2022年3月14日付)
6カ月間の合計通報件数は、NTTドコモが62件、KDDIが130件、ソフトバンクが139件、楽天が3件。携帯ショップに関する通報率は100店舗当たり1.8件、量販店に関する通報率は100店舗当たり14.3件に上った。総務省は「キャリアショップに比べて量販店などに関する事案の比率が極めて高い傾向」と指摘している。
総務省は21年9月に「携帯電話販売代理店に関する情報提供窓口」を開設。2月末までに、消費者からは「回線契約ありの顧客優先で販売していると言われた」「単体購入の場合は割引できないと言われた」「単体購入時とMNP転入時の価格差が2万2000円以上ある」といった通報が寄せられた。
続いて、2022年4月1日には、総務省のワーキンググループで、独自に腹面調査を実施していたことを公表。覆面調査の中で、あの手この手で端末の単体購入を断る事例が後を絶たなかったことが分かりました。
消費者から総務省に対して「端末の単体販売時の割引や単体販売自体を拒否された」といった情報が数多く寄せられているという。そこで同省は2021年9月から覆面調査を実施し、2022年4月1日に開催した有識者会議「競争ルールの検証に関するWG(第27回)」で結果を公表。一部店舗において回線を契約していないユーザーへの端末の単体販売や端末購入プログラムの提供を拒否する行為があった、とした。
同省の報告からは、販売員が端末の単体販売をあの手この手で断る様子が目に浮かんでくる。覆面調査員に対して「この事業者では、非回線契約者に対して端末を販売していない」「非回線契約者に対して端末を販売できない」「iPhoneについては端末のみでの販売ができない」「単体購入は1日1人に限定している」「半導体不足で端末が納品されていない」など、巧みな説明で拒否してきたという。
日系クロステック 消えた「一括1円」のiPhone、投げ売り終了であの問題が浮上
これら一連の流れの中で、ルール違反事業者が続出したことから総務省が「ガチギレ」して、4月に入ってからキャンペーンがすっかり終焉ムードを迎えた、というのが真相と思われます。
だから、最近急に見なくなったのか
まとめ:「一括1円」はルール違反を前提としたキャンペーンだった
結論をまとめると、「一括1円」は現在の通信契約と紐づいた値引き額の上限を22,000円に抑えるという制度設計である以上、上手く機能するはずもなく、総務省から確実に怒られることを前提とした「ルール違反前提のチキンレース」であったと言えます。
端末の上限値引の金額が22,000円であることがそもそも本当に妥当なのかどうか、という業界固有の課題はありますが、かと言って「ルール違反を認めても良い」ということにはならないので、問題視されるのも当然だったでしょう。
このように、業界のよろしくないところは垣間見えるものの、本当に「端末を買い換えたい」と思っていた人にとっては何らか損するキャンペーンでも無かったので、そういう意味から言えば、半年間だけのフィーバータイムだった、とも言えるのかもしれません。
なお、今回の背景を調査するにあたっては以下のニュース記事がとても参考になったのでリンクしておきます。
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